供養のご案内
「供養」の辞書的な意味は、三宝(仏・法・僧)に対して、三業(身・口・意)によって供物を捧げることです。
三業とは身業(身体を使って行なうこと)・口業(言葉として口に言うこと)・意業(心に思うこと)をあらわします。
供養とは、「人があらゆる方法を使い三宝を敬うこと」という意味なのです。
初期の仏教で「供養」は信者が衣服・飲食・臥具・湯薬を僧団に寄付することを指していました。
仏教の広まりと発展の中で、様々な「供物」が考えられるようになりました。
花・香・灯明(三具足)、卒塔婆や仏塔などの物だけではなく、念仏や礼拝という身体的行為や心の中で敬い讃えるという精神的行為も「供物」として考えられるようになってきたのです。
また、「三宝」を敬うためだけではなく、死者の霊魂を慰霊するための供養が必要とされました。
供養の対象に死者の霊魂が加わり、大きな要素となっていったのです。
時代が変化すると共に、新たな供養の形態も誕生しました。
「水子供養」などは比較的新しい供養の考え方で、現代人の必要性に応じて生まれた供養と言えるかもしれません。
ただし、供養をする上で大切なのは、三宝を敬い、死者を想う心です。
お彼岸供養
「暑さ寒さも彼岸まで」といわれ、お彼岸は大変よい時候のときに行われ、春分・秋分の日を中心に大切な1週間です。
彼岸とは、迷いの世界から悟(さと)りの世界へ至る教えで、布施(ふせ)、持戒(じかい)、
忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)の6つの教えを
実行すれば、幸福になることができると示されています。
お彼岸の前日には、仏壇のお掃除はもちろん、仏具などもきれいにして、お花もかえます。
花は樒(しきみ)(香の花)がふつうで、また季節の新しい花をさしてあげれば、一層よいことです。
お彼岸の入り日は、お仏壇に団子を一対(いっつい)山形にして供えます。
中日(ちゅうにち)(春分又は秋分の日)には、おはぎやぼた餅を供え、明けの日には、再びお団子を供えます。
この間、お霊供膳(れいぐぜん)、珍しいお菓子、果物も供えます。
水子は本来「すいじ」と読み、戒名の下に付ける位号の一つで、死産や乳児の頃に夭折した者に対して付けられるものでした。
水子の考え方は、もともとは死亡した胎児だけでなく乳児期、幼児期に死亡した子供を含んでいましたが、戦後の日本で人工妊娠中絶が爆発的に増加したことを受け、1970年代ごろから中絶で亡くなった胎児の霊を弔う水子供養が広まりました。
昔の日本では七歳までに亡くなった子どもは、生まれ変わってこの世で寿命を全うしてほしいとの願いや、一人前の人間としてみなさないとの理由から、死者を浄土に送る仏教式の葬儀は行なわれなかったといいます。
現在でも、水子の葬儀はおこなわれません。
しかし、この世に産まれてこなかったとはいえ、母親にとっては、自らの体内に実感した小さな命。何らかの形で供養してあげたいと思うのは、当然のことでしょう。
お墓参りできない人に代わって、あるいはお墓参りしてくれる人がいなくても、代わりにお寺が責任持って永代にわたって供養と管理をしてもらえるお墓です。
永代供養墓は、「えいたいくようばか」あるいは「えいたいくようぼ」と呼ばれています。
一般的に他の人と一緒の墓あるいは同じ納骨堂に納骨されることから、合祀(ごうし)墓、合同墓、合葬(ごうそう)墓、共同墓、集合墓、合葬式納骨堂などとも呼ばれています。
また個々のお寺によって、永代供養塔、倶会一処墓、永代納骨堂、生前個人墓、永代供養廟(びょう)、永代納骨廟、永遠墓など様々な名称がつけられています。